ボクはずっと「仕事に充実感を持っていたい。」「楽しんで仕事を仕事をしたい。」と思っていた。

もちろん今も思い続けている。

そういう話を周りの人にすると必ず、「仕事なんてつらいものでしょ」とか「仕事は我慢するからお金もらえるんでしょ」みたいな話をされる。

「仕事なんてそんなもんでしょ」というスタンスで話をされるのだ。

ボクはそれにものすごく違和感を持っていた。

ふつう人は大人になったら人生の大半を仕事に使う。

仕事の時間が「つらいことを我慢する時間」だと、あまりに味気ないつらい人生になってしまうと思っていたからだ。

で、最近読んだ本に『適職』と『天職』違いが書かれていて納得した。

多くの人は『適職』について話をしていて、ボクは『天職』について話をしていたのだ。

まったく違うものについて話していたんだから、話がかみ合わないのが当たり前だった。

なので、今日は『適職』と『天職』の違いについて考えていきたいと思う。

今日の記事はこの本↓を参考にしている。

この本の「『天職』は自分で作って行くもの」という考え方が好き。

天職に興味がある人はぜひ読んでみて下さい。

『適職』と『天職』の違い

結論から言ってしまうと

『適職を見つけたい』=適した仕事でストレス少なく働きたい

『天職を見つけたい』=やりたいことで充実感を持って働きたい

参考:やりたいこと探し専門心理カウンセラーの日本一やさしい天職の見つけ方 中越裕史

という違いがある。

もう少し詳しく説明すると

『適職』は仕事は仕事、趣味は趣味で割り切ってもいい。無理に充実感を持ちたいとは思わないけど、できるだけストレスを少なくして働きたい。

『天職』は自分の好きなこと、やりたいことを仕事にして、やりがいや充実感を持って働きたい。なんなら自分の魂を使って人の役に立ちたい。

このように『適職』と『天職』は全然違うものだった。

ボクは『天職』を求めていた

「仕事なんてそんなもんでしょ」と言われたときに「いや、違うだろ」と反論したくなったのは、ボクが天職の話をしていたから。

そして、相手は適職の話をしていた。

話が平行線をたどるのは仕方がない。違うことを話していたんだから。

ボクはドラマの『HERO』や『踊る大捜査線』が大好きだった。

今でもDVDやネットフリックスでときどき見るぐらい好き。

木村拓哉さんが演じる久利生公平や織田裕二さんが演じる青島俊作にめちゃくちゃ憧れている。

この二人のキャラに共通しているのが、自分の天職といえる仕事を信念を持って誠実に遂行していくところ。

で、自分も天職という仕事を見つけて、久利生公平や青島俊作のように、仕事に夢中になりたいと強く思っていた。

いや、そうなれるだろうと思いながら、今も天職探しを続けている。

もちろん、仕事なので全てが楽しいことだとは思わない。

そうではなくて、大変だけど充実している。自分の能力をあますことなく使っているという感覚で生きていたいのだ。

大事なのは自分が『適職』と『天職』のどちらを望んでいるか

上で紹介した本を読んで、自分の経験と照らし合わせてみると、自分の周りにはほとんどの人が『適職』を求めていることが理解できた。

ボクは今まで、全員が『天職』を求めていると勝手に思い込んでいたのだ。

でも、『適職』と『天職』の違いがわかった今、本人が望むならどちらでもいいんだろうなと思う。

無理に「みんな天職を求めろ」とは思わない。

要は、大事なのは自分がどちらを望んでいるかということだけ。

そこに優劣はないと思う。

理想を追い求めたら、理想とのギャップで苦しむことも知っている。

ただ、ボクはこれからも天職を求めていくし、どうすれば天職にたどり着けるかを研究して発信していく。

なぜなら「仕事なんてそんなもんでしょ」と言っていたくないから。

今日は終わり。

読んでくれて、ありがとうございました。

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